体内受精環境に対応する精子運動調節タンパク質の適応的進化に関する 研究

  両生類の受精は基本的に水に依存しており、多くの種の間で種間交雑がされていることなどから基本的なを共有していると考えられます。一方で、これまでに 4500を越える種が数えられており、種を維持するために様々な受精様式を持ちます。

 ア カハライモリは日本を代表する有尾両生類ですが、その受精はメスの体内で起こります(図1)。オスは精子の塊である精包を生み落とし、メスはこれを総排泄 腔に取り込みます。精子は輸卵管の出口付近の精嚢に蓄えられ、輸卵管を通過してきた卵に媒精されて受精し、水中に産み落とされます。



 両生類の受精システムは体外受精をする無尾類で多く研究されてきました。しか し、両生類にはイモリなどの有尾類、アシナシイモ リなどの無足類も多数の種が存在し、イモリに見られるような体内受精様式やアシナシイモリに見られるような胎生様の受精様式等、多様な受精システムが発達 しています。 当研究室ではアカハライモリの体内受精システムについて、精子運動調節や先体反応誘起調節、精子 と卵膜の結合等、精子や卵を取り巻く外部環境に曝されながら起こる卵−精 子相互作用の分子メカニズムを研究しています。アカハライモリに特有の分子メカニズムを通して、体外から体内へ受精環境の変化に対応する受精システムの変 化を明らかにしていきます。

(1) 両生類における受精様式の進化
 Duellman & Trueb (1986)は、両生類の様々な生殖様式を類型化して、両生類の形態的な進化との関連を示しました(図2は体内受精の進化に関するものを抜き出していま す)。有尾目両生類では、早い時期に分化したサンショウウオなどは体外受精を行いますが、進化が進んだイモリなど多くの種では体内受精を行います。一方、 無尾目両生類では、ほとんどの種が体外受精を行いますが、ヒキガエル属などの数種で体内受精が報告されています。一方、両生類には無足目という、進化的に 早く分岐したグループが現存していますが、無足目に属する種は今まで知られている限りすべてが体内受精を行います。このように、両生類では体内受精様式を 行う種と体外受精を行う種がそれぞれ大きなグループを形成して現存しており、これらの受精様式がそれぞれの種に固有の水中や陸上棲息環境に適応して子孫を 残すために大きく貢献したものと推察されます。

図 2   両生類における体内受精の進化

(2) アカハライモリの体内受精特異的な受精過程(体外受精を行うツメガエルとの比較)

 受精は精子の活性化に始まり精子と卵の合一に至る現象で、複雑な過程を経て成立します。この過程は、種特異的な精子の選択や精子競争を 付与するという、子孫を残す上で重要な興味深い性質を持っています。一方、その初期に起こる卵−精子相互作用は卵細胞を取り巻く卵外被で起こり、精子の運 動を調節したり、先体反応を誘起するものです。これらの現象は精子と卵が体外に放出された後に外部環境に曝されながら起こるため、環境に適応した多様な信 号伝達機構が働いています。図3は、アカハライモリとツメガエルの両生類の2種類の卵外被(ジェリー層と卵膜において、卵−精子相互作用が起こる順序をま とめた模式図です。

 ツメガエルの精子はメスを抱接したオスが淡水中に放出すると、低浸透圧に 反応して運動を開始します(Inoda & Morisawa,1987)。ジェリー層中の誘因物質の作用によってジェリー層にたどり着いて精子はジェリー層中に侵入し、ジェリー層の構造による排除 を受けつつ卵膜に達すると先体反応を起こして卵膜に結合します。

 一方、アカハライモリの精子は受精時に淡水に触れることが無いため、体内 受精環境中に精子の運動を開始させる引き金機構があるはずです。このアイデアは私達にアカハライモリの卵−精子相互作用機構研究のきっかけとなったもので すが、様々な研究を通して、現在ではジェリー層中に精子運動を開始させるタンパク質(sperm motility- initiating substance: SMIS)が存在することが明らかになっています。

図 3  アカハライモリの卵(左)と卵−精子相互作用の比較(右)


(3)アカハライモリのジェリー層表面にはイモリの受精に必須の精子活性化機構が 存在する

 図3の比較図と見ると、精子の運動開始以外にもジェリー層の構造の役割と先体反応が起こる位置に違いがあることがわかります。特に、先 体反応は、両生類の中でもイロワケガエル(Campanella et al., 1997)やイベリアトゲイモリ(Picheral,1977)ではジェリー層で誘起され、ヒキガエル(Yoshizaki & Katagiri,1982)では卵膜で誘起されます。先体反応が誘起される位置がなぜ異なるのかは、その理由はよくわかっていませんでしたが、輸卵管で 付加される6層のジェリー層のそれぞれに精子を人工的に媒精して受精率を調べたところ、アカハライモリではジェリー層表面で先体反応が起こることが体内受 精環境下での受精成立に重要であることが明らかになりました(Takahashi et al., 2006;図4)。


図4  アカハライモリ卵の媒精実験
先体反応をあらかじめ誘起した精子では十分に受精が起こらない(赤字)。

(4)先体反応誘起と連動する新規精子運動開始機構
 以上のように、アカハライモリの先体反応は、精子運動開始とともにアカハライモリの体内受精の成立に重要な現象です。ジェリー層の表面でそれぞれがどの ようにして引き起こされるのかということは、アカハライモリを始めとする両生類の体内受精機構が成立した要因につながる可能性を持つ興味深い問題です。私 達はこの問題の解明に向けて、精子先体反応誘起物質(acrosome reaction-inducing substance:ARIS)とSMISに特異的に結合するモノクローナル抗体をそれぞれ作成しました。その結果、SMISは分子量が約34kDaの糖 鎖を持たないタンパク質であり、ARISはN型及びO型糖鎖を持つ分子量約80 kDa及び122kDaの糖タンパク質であることが明らかになりました(Watanabe et al., 2009; Watanabe et al.,2010)。面白い事に、SMISはジェリー層表面で顆粒状の構造に分布しており、ARISが分布するシート状の構造によって覆われて外部環境か ら隔離されていました(図5)。従って、メスの体内でジェリー層表面に媒精された精子は、まずARISによって先体反応が誘起され、これによってシート状 構造を崩壊させることで初めてSMISの信号を受けることができることになります。このような、「先体反応誘起と連動した精子運動の開始機構」はこれまで に報告が無い新規のものですが、これがアカハライモリの体内受精を成立させる必須要因であることが明らかです。



図5  ジェリー 層表面でのARISとSMISの局在(模式図)

赤: ARIS、緑: SMIS、黄: 精子先体中の分解酵素。先体反応によって外部に放出される。


(5)SMISを介した精子の運動調節の起源
 アカハライモリの精子運動開始機構は、両生類の受精様式の多様化の過程でどのようにして成立してきたのでしょうか。この問題は、現存する両生類種の間で 確立されている多様な生殖様式のそれぞれについて、SMISが精子の運動調節に関与しているかどうか、また、どのように働くかを比較研究することで明らか にしていくことができます。私たちは、体外受精をする有尾目両生類であるトウホクサンショウウオで、ジェリー層にSMISと同様な精子運動開始活性をもつ タンパク質が存在することを発見しました(Ohta et al.,2010)。SMISは、有尾目において体内受精様式が確立される前から、受精過程の一端を担う生理活性物質として機能していたのかもしれませ ん。その役割については今後、さらに詳細な研究が必要です。このような比較研究を無尾目や無足目を含めて広く展開していくために、私達はSMIS遺伝子の 単離を進めています。


 体内受精様式は、陸環境に適応した爬虫類や鳥類、哺乳類が広く行っていることから、脊椎動物の陸上への進出に関わる一要因となったのではないかと考える ことができます。両生類の体内受精を通して脊椎動物の体内受精機構の起源に迫ることができるのではと期待しています。


参照文献

# Duellman WE, Trueb L. 1994. Biology of amphibians. Baltimore: Johns Hopkins University Press.

# Campanella, C, Carotenuto R, Infante V, Maturi G, Atripalde U. 1997. Sperm-egg interaction in the painted frog (Discoglossus pictus): an ultrastructural study. Mol. Reprod. Dev. 47: 323-333.

# Ohta M, Kubo H, Nakauchi Y, Watanabe A. 2010. Sperm motility-initiating activity in the egg jelly of the externally-fertilizing urodele amphibian, Hynobius lichenatus. Zool. Sci. 27: 875-879.

# Picheral B. 1977. La fécondation chez le tnton pleurodèle. II. La pénétration des spermatozoides et la réaction locale de l'oeuf. Ultrastruct. Res. 60: 181-202.

# Yoshizaki N, Katagiri C. 1982. Acrosome reaction in sperm of the toad, Bufo bufo japonicus. Gamete Res. 6: 343-352.

# Takahashi S, Nakazawa H, Watanabe A, Onitake K. 2006. The outermost layer of egg-jelly is crucial to successful fertilization in the newt, Cynops pyrrhogaster. J. Exp. Zool. 305A: 1010-1017.

# Watanabe A, Fukutomi K, Kubo H, Ohta M, Takayama-Watanabe E, Onitake K. 2009. Identification of egg-jelly substances triggering sperm acrosome reaction in the newt, Cynops pyrrhogaster. Mol. Reprod. Dev.79: 399-406.

# Watanabe T, Kubo H, Takeshima S, Nakagawa M, Ohta M, Kamimura S, Takayama-Watanabe E, Watanabe A, Onitake K. 2010. Identification of the sperm motility-initiating substance in the newt, Cynops pyrrhogaster, and its possible relation with the acrosome reaction during internal fertilization. Int. J. Dev. Biol. 54: 591-597.